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東京地方裁判所 平成3年(ワ)18867号 判決 1992年6月25日

原告

株式会社

アーシャ・コーポレーション

右代表者代表取締役

小野重夫

右訴訟代理人弁護士

満園武尚

満園勝美

塚田裕二

被告

伊東英子

右訴訟代理人弁護士

川村武郎

主文

一  原告の本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求の趣旨

一(主位的請求)

被告は、原告に対し、本件訴状送達の翌日(平成四年一月二四日)から六か月を経過した日に別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。

二(予備的請求)

被告は、原告に対し、本件訴状送達の翌日(平成四年一月二四日)から六か月を経過した日に原告から金三〇〇〇万円を限度に裁判所が相当と認める明渡料の支払を受けるのと引換えに別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。

第二事案の概要

一本件は、原告が、被告に対し、賃貸借契約終了による別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の明渡を求めた事案である。

二争いのない事実等

1  被告は、昭和八年ころ、本件建物について、その所有者である訴外三川一一からこれを貸借した。

2  訴外三川一一が昭和五六年に死亡したため、本件建物についてはその相続人訴外小野重夫等の共有となった。

3  その後原告が、本件建物の右共有持分を取得し、右被告に対する本件建物についての賃貸人たる地位を承継した。

4  ところで、原告は、本件被告を相手方として昭和六三年九月東京地方裁判所に対し、本件建物の賃貸借契約につき昭和六二年一一月一九日に解約の申入れをした旨主張したうえ、これには後記本件訴訟と同じ内容の正当事由がある旨陳述して、右賃貸借契約終了に基づき、主位的には、

「被告は、原告に対し、本件建物を明け渡せ。」、

予備的には、

「被告は、原告に対し、裁判所が定める相当の金員の支払を受けるのと引換えに本件建物を明け渡せ。」

との判決を求めて建物明渡請求訴訟(当庁昭和六三年(ワ)第一三三三三号建物明渡請求事件)を提起していた(以下「前訴」という。<書証番号略>)。

5  そして、東京地方裁判所、平成三年一月三〇日、前訴について、主文第一項では原告の主位的請求を棄却したものの、借家法一条の二、三条所定の賃貸借契約解約の申入れが昭和六二年一一月一九日になされていることを認定して、その主文第二項において、

「被告は、原告に対し、金四九〇〇万円の支払を受けるのと引換えに別紙物件目録の建物を明け渡せ。」

との判決(以下「前訴判決」という。)を既に言い渡している<書証番号略>。

6  前訴判決は、原告の控訴取下げにより、平成三年七月確定した。

三原告の主張

1  原告は、被告に対し、本件訴状をもって本件建物についての賃貸借契約解約の申入れをした。

2  右確約の申入れには、次の正当事由がある。

すなわち、本件建物は老朽化していること、本件建物は庭付一戸建てながら賃料が数十年来月額二万円のままであって、被告は破格に安い賃料で長年居住利益を享受していること、本件建物所在地の敷地空間が有効に活用されていないため、現在右土地有効利用の必要性が高いこと等である。

3  予備的に原告は、被告に対し、正当事由の補完として金三〇〇〇万円を限度に裁判所が相当と認める明渡料を支払う用意がある。

なお、前訴判決の経済変動を考慮し、かつ、現在の経済価格を基準にすれば右明渡料は金四九〇〇万円ではなく、最大でも金三〇〇〇万円が相当である。

四被告の主張

本訴は、前訴判決確定後間もなく提起されているところ、これは、前訴と同一請求について再訴を求めるものであって、前訴判決の既判力に抵触する。

仮にそうでないとしても、実質的に同じ訴訟物につき訴訟を提起するものであって、訴訟経済並びに応訴を強いられる被告の負担・不利益等にかんがみれば、本訴訴えは失当である。

したがって、本件訴訟はすみやかに却下又は棄却されるべきである。

五証拠<省略>

第三当裁判所の判断

一まず、職権で、本件訴えの利益の有無について判断する。

当事者間に争いのない事実に加えて<書証番号略>並びに弁論の全趣旨によると、原告は、当庁昭和六三年(ワ)第一三三三三号建物明渡請求事件(口頭弁論終結は平成二年一二月一三日)において平成三年一月三〇日一部勝訴判決を得てこれが同年七月確定した後、同年一二月二七日本訴を提起していること、右前訴判決において原告の賃貸借契約解約申入れは、その明渡の際相当額の立退料を交付する旨の意思表示で正当事由が補完されたものと認定されて、有効と認められ、かつ、右解約申入れ後六か月を経過した時点で本件建物の賃貸借契約は終了しているものと判断されて、「被告は、原告に対し、金四九〇〇万円の支払を受けるのと引換えに別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。」と判示されていることが明らかである。

してみると、前訴と本件訴えの訴訟上の請求権が、いずれも解約申入れによる本件建物の賃貸借契約終了に基づく建物明渡請求権であって、同一であるところ、一件記録を精査しても特段の事情が存しない本件においては、原告が前訴で既に右につき認容の確定判決を得ている以上、本件訴訟は、その訴えの利益を欠くというべきである。

なお、付言するに、前記正当事由を補完する相当額の立退料等の提供はその明渡前に現実になされることまでは必要ではなく、単に貸借人の建物明渡の際に立退料等を交付する旨の意思表示で足りるものであって、この債務負担の申入れが当初の賃貸借契約解約申入れにつき賃貸人の正当事由を補強する主観的な事情として参酌されるものである(最高裁平成二年(オ)第二一六号平成三年三月二二日第二小法廷判決・判例時報一三九七号四頁参照)。しかして、前訴の引換給付判決における原告(賃貸人)の被告(貸借人)に対する金四九〇〇万円の給付の履行又はその提供は、建物明渡執行の執行開始及びその継続の要件にとどまるものと解するのが相当である(民事執行法三一条一項)。

二結論

よって、本件訴えは、訴えの利益を欠き不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官河野清孝)

別紙物件目録<省略>

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